第17回 恥ずかしさにもいろいろ

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猖披하다という語があります。창피하다と読み「恥ずかしい」と言う意味です。この창피하다に使われる「猖(ショウ)」という字の意味は「狂う」「猛り狂う」「暴れる」という意味です。また「披(ヒ)」は「披露する」などに使われていますが「中を開けて見せる」という意味ですから,何となく分かるような気がしませんか。

みなさんも,子供のころ授業中にふざけて廊下に立たされたり,みんなのいるところで罰を受けたりしたことがあるでしょう。このように人の目が気になる「恥ずかしさ」は창피하다といいます。人前でこけたり,つい,おならをしてしまったりというときには창피하다を使います。창피하다はどちらかというと子供に使われることが多い言葉です。お母さんが裸で走り回る子供に服を着せながら“아이, 창피해!”などと言いますね。

부끄럽다も「恥ずかしい」ですね。ではどこが違うのでしょうか。

日本語で「恥ずかしい」と言う語にあたる韓国語としては,부끄럽다のほかに수줍다,수치스럽다などがあります。恥ずかしさの程度は수줍다〈부끄럽다〈수치스럽다です。右に行くほど恥ずかしさの度合いが増します。

수줍다は「はにかみ王子」の「はにかむ」がぴったりする言葉です。人前で何かするときに勇気がなくて,なかなかうまくできないようなときに使われます。수줍다は人の性格に対して言う言葉です。

・나는 점점 더 수줍은 성격이 되었어요.
ぼくはだんだんと引っ込み思案になっていきました。

・그 여자 친구는 수줍은 듯 얼굴을 붉혔어요.
彼女は,はにかむように顔を赤らめました。

恥ずかしさにもいろいろ イメージさて,みなさんはお彼岸には先祖の墓参りに行きますか。数年もの間,墓参りに行かないと,周りの草がぼうぼうになりますね。そんなときに祖先の墓の前で「はずかしい」思いをするでしょう。この恥ずかしさは부끄럽다です。韓国では추석に墓参りをしますが,このときは一年に一度,벌초をします。この言葉は漢字で書くと「伐草」,つまり草刈りのことです。秋夕の前に祖先のお墓に行き,亡くなった祖先に思いをはせ,お墓の周囲の草むしりをしてきれいにすることを벌초といいます。

このように부끄럽다は判断の基準は自分の中にあります。心に引っかかるようなはずかしさが부끄럽다です。‘자신의 죄를 부끄럽게 여기다.(自分の罪を恥ずかしく思う)’のように使います。부끄러움は自分に弱点や過ちがあると思う時に生じるものです。つまり,良心や道徳など内面的なものと非常に深い関係があります。

大勢の人の前に出て行くときの恥ずかしさも부끄럽다で表されます。しかしこの場合の부끄럽다は,どちらかというと個人の性格からくるものです。수줍다に似ていて,道徳などとは関係がありません。

부끄러움が顕著に表れる体の部分は顔です。宿題を忘れたときなど “도대체 무슨 낯으로 선생님을 뵙겠니?” といいますが,このときの낯は顔(面)のことです。얼굴이 두껍다というと「面の皮が厚い」という意味です。얼굴에 철판을 깔았다という表現もあります。厚かましい鉄面皮です。거리낌 없이 뻔뻔스럽다というと憚りなくかなり図々しいことです。

そして수치스럽다は,恥ずかしい程度を超えて,自尊心がひどく傷ついたと感じる状態を言います。ですから,日常生活でよくやらかすちょっとした失敗などには使われません。‘늦잠 자서 지각을 하다니, 수치스러운 줄 알아라.’といったら文章としてちょっとおかしいです。

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