第184回 「就」の有無

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中国語の「就jiù」という副詞、本当によく使われる副詞で、初級のテキストにもどんどん出てきます。が、結構この副詞、実体的な意味が無い場合も多く、つかみどころがないですよね。

僕はいつも、「その前に述べていた条件や状況が成就したら、次のようなことが起こる、次のようなことを行う」というような場合に使われる副詞だ、と説明しています。

例えば:

如果下雨,我就不去。
rú guŏ xià yŭ, wŏ jiù bú qù
もし雨が降るなら、私は行きません。

この文では、「雨が降る」という条件が成立したら、「私は行かない」ということになる、ということを言っています。つまり「雨が降る」という状況と、それにより起こる「私は行かない」という状況を関連付ける働きをしているのが「就」という副詞なのです。

では、次の文を見てみましょう。

那就去那个电影院吧。
nà jiù qù nà ge diàn yĭng yuàn ba
だったらその映画館に行こうか。

この場合は、この文の前の文脈を「那」の一言で受けて、その状況があるのなら、「その映画館に行く」という状況を起こそう、ということで「就」がついているのですね。

あるテキストにこの文が出てきたのですが、ある生徒さんから「この『就』はどうしても必要なのですか?」と質問されました。

確かに、日本語訳の中には明確な訳語が反映されないので、中国語で言う時は忘れちゃいそうですから、無くても通じるのであれば安心ですもんね(笑)。

なんて思っていたら、実はその生徒さんはもっと深く考えて質問されていたのでした。同じテキストの少し前のページに、こんな文が出てきたという指摘をされたのです。

那我一定去看看。
nà wŏ yí dìng qù kàn kan
では私は必ず見に行きます。

両者の中国語を比べると、同じような文ですね。この文の前に述べられていることを「那」で受けて、結論を導いています。しかし「就」は使われていません。

授業中に冷や汗が出ました(笑)。

これを解決するには、文脈を探るしかないですね。

まず、上の例(映画館に行く)では、「池袋に新しい映画館が出来て音響設備がすばらしい」という話があり、それを受けて「だったらそこに行こう」と言っているのです。

下の例(必ず見に行く)では、映画の誘いを受けていて、その映画がどのような映画かを尋ねると「知らないけどコメディらしい」という曖昧な情報が与えられ、それを受けて「では必ず見に行きます」と言うのです。

微妙なところですが、下の例では、「見に行く」動機が「コメディだから」ではない気がしますね。もっと前に「香港の映画」と聞いているのですが、そのあたりでかなり行く気になっているようです。で、一応内容を尋ねたら曖昧な返事が返ってきたのですが、コメディだから行くと言っているのではなく、ただ何となく「じゃ~きっと行くから!」という程度のように見えます。

こういう場合は「就」が必要ないようです。あってもいいでしょうが、あると「コメディ」であることが「見に行く」ことにした理由であることが示されてしまうと思います。

一方上の例では、映画を見に行くのはいいがどこの映画館に行こうか、ということを話し合っていて、池袋の映画館が新しくていいよ、という情報を相手が与えてくれるわけです。そしてそこで「だったらそこにしよう」と決めるわけです。つまり、前の部分と後ろの部分の関係が非常に密接なのです。そういう場合は「就」が必要になってくるのです。

日本語訳には明確な訳語が現れない影の存在ではありますが、重要な役割を担っているのですね!ちょっとこれをきっかけにして「就」のことを見つめてみてください。もしかしたら何か見えてくるかもしれませんので。

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