第166回 歇后语

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以前本欄で「歇后语xiē hòu yŭ」というものをご紹介しましたが、覚えていらっしゃいますか?

例えば(前にも書きましたが):

孔夫子搬家
kŏng fū zi bān jiā
孔子の引越し

と、まず言います。でもこれは表面的な意味だけではなく、裏の意味があるのです。この場合の裏の意味とはなにか。それは:

尽是书。(尽是输。)
jìn shì shū
直訳:すべて本ばかり(すべて負けばかり)。

つまり、「书shū(書籍)」と「输shū(負ける)」が同じ音なので、それを利用したしゃれ言葉です。孔子様が引越しするなら、荷物は「书(書籍)」ばかりだろう、というところから「尽是书(すべて本ばかり)」→「尽是输(すべて負けばかり)」となるわけです。

こういう言葉遊び、結構古くからよく使われる決まったものが結構あるのですね。眺めているだけでも結構楽しいです。今日も2つほどご紹介しましょう。

吃曹操的饭,想刘备的事

chī cáo cāo de fàn, xiăng liú bèi de shì
曹操の飯を食い、劉備のことを思う

その心は?

人在心不在
rén zài xīn bú zài
心ここにあらず

三国志の主人公とも言える蜀の国を作った劉備(刘备liú bèi)には、義兄弟が2人います。1人は関羽(关羽guān yŭ)、もう1人は張飛(张飞zhāng fēi)です。

2人の内この関羽という人物は、敵たる曹操に捕らえられたことがあります。その時、曹操は関羽の人物にほれ込み、なんとか自分の配下に加えたいと考えました。関羽を自分に信服させるために、色々な贈り物をしたり、宴会に招いたりするのですが、関羽のほうは感謝こそすれ特に喜びません。その内、行方不明だった劉備の居場所が分かると、曹操からもらったものを全て宿舎に残して関所を突破して劉備の元に帰ったのでした。

この歇后语は、曹操のもとに滞在していた時の関羽のことを言っているようです。曹操が用意した食事を食べつつも、気持ちは劉備のことを思っている。。。体は曹操のところにいても心は劉備とともにあるわけです。泣かせますねぇ。

诸葛亮吊孝

zhū gě liàng diào xiào
諸葛孔明がお悔やみを言う

その心は?

不是真心。
bú shì zhēn xīn
本心ではない

諸葛孔明は有名人ですからご存知のかたも多いでしょう。ちなみにこの人の本名は「诸葛亮zhū gě liàng」です。「孔明kŏng míng」は字(あざな)です。

映画『レッドクリフ』で日本でもすっかり有名になった赤壁の戦い。曹操率いる魏軍と、蜀(劉備)呉(孫権)連合軍との戦争ですね。この蜀呉の両国で連合軍を組む際、呉の都督である周瑜(周瑜zhōu yú)は蜀の軍師である諸葛孔明とたびたび作戦会議を開くのですが、その中で周瑜は孔明のあまりの聡明さに恐れをなしてしまいます。そこで、なんとか孔明を殺そうとするのですが、そんな暗殺計画も、孔明に見破られないはずはありません。ことごとく裏をかかれて周瑜は悔しい思いを重ねます。ある日、矢傷が元で臥せっていた周瑜は孔明から来た手紙を読んで、自分のたくらみが何もかも見通されていたことを知り、憤死してしまうのです。

呉の国中が悲しみに打ちひしがれている中、孔明は堂々と単身呉に乗り込んで、周瑜の霊前で弔辞を述べます。そのあまりの悲痛な文章に、孔明に殺意を抱いていた人々も思わず感動して涙を流してしまうのでした。

この歇后语は、孔明が周瑜の霊前で弔辞を述べていることを指しているようですね。孔明は周瑜を憤死させた人です。あたかも古くからの親友であったかのような美辞麗句を並べた弔辞を読んでも、本心はどうであったか、分かったものではありません。

そんなわけで「诸葛亮吊孝(諸葛孔明がお悔やみを言う)」という言い回しが「不是真心(本心ではない)」という意味の歇后语になってしまうのですねぇ。

この三国志のシーンは、実際に孔明が口からでまかせに美辞麗句を並べ立てたのか本心から言っていたのかの種明かしはありません。だから本当のところは分かりません。でも、周り中が孔明に殺意を抱いていてもおかしくないところに乗り込んでいくわけですから、口からでまかせではなかなか人々を感動させることは難しかったのではないかな、と思います。というか、そう思いたいですね、孔明ファンとしては(笑)。

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