第106回 言わないよ~

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その昔、学習塾で国語や英語を教えていました。

こう見えて、結構評判のいい先生だったのですよ(笑)。

それはさておき、中学3年生の英語で現在完了形というのを習いますよね。これを習うとき、たいていのテキストに出てきた例文があります。こんなの。

・My father has been dead for ten years.

直訳すると「私の父は10年間死んだ状態にある。」という感じでしょうか。要するに「私の父は10年前に死んだ。」という意味だ、と中学英語では説明しています。

でも、この表現は、実はかなり不自然というか、文学的というか、回りくどいというか、とにかく普通の表現ではないのだそうですね。

当時勤めていた塾にはアメリカ人のネイティブ講師がいたので、ちょっと聞いてみたところ「え?う〜ん、意味が分かりにくいですね〜。そんなの言わないよ〜。」と日本語で言われてしまいました(笑)。

普通は、簡単に「父は10年前に死にました。」というような言い方をするそうです。つまり:

・My father died ten years ago.

まぁ、考えてみれば当たり前ですかね(笑)。

外国語のテキストには、こういう「間違ってはいないけど、あまり使わない」表現がつきものですね。よく批判の対象になるのですが、文法をはっきり説明するためにはこういう表現も必要だったりして、完全には排除できないでいるような気がします。

さて、中国語ではどうでしょうか。

中国語のテキストを書いていた時、出版社から「文法のテキストだから仕方ないのかもしれませんが、この表現って使うんですか?」と言われたことがあります。それは:

・我去学校。
wŏ qù xué xiào
私は学校に行きます。

確かに、日本語の「私は学校に行きます。」という表現は、全然間違っていませんが、普通の会話の中で言うと不自然かもしれません。

普通は「ちょっと学校」とか、「学校にね」とか、とにかく「私は学校に行きます。」というような、カチっとした表現は、日本語の日常会話では使いませんねぇ。出版社の人はそれを心配したのでしょう。

でも、中国語で「我去学校。」という表現は、多分普通に使う表現だろうと思います。

中国語は、字数が少なくなるせいか、日本語ほど語尾を省略したりしないように思います。日本語は「私は学校に行きます。」と言うと、ちょっとうるさいというか、全部言わなくてもいいのに、と思ってしまいますよね。
極端な話、「どこ行くの?」と尋ねられた時「学校。」とだけ言っても、それで十分意図は通じると思います。中国語でもそうかもしれませんが、字数が少なくてすむせいか、「我去学校。」と、主語述語を全て言っても全然長くないので、日常会話でも結構そのまま使うように思います。

だから、中国語のテキストの例文は、結構そのまま使えるものが多いような印象があります。

でも、ちょっと「これはあまり聞いたこと無い」と思う表現があります。それは:

・你去学校不去?
nĭ qù xué xiào bú qù
あなたは学校に行きますか?

中国語の疑問文は2種類ありますね。「吗」を使う疑問文と反復疑問文です。

・你去学校吗?

・你去不去学校?

この、反復疑問文(動詞等の肯定形と否定形を並べて作る疑問文)ですが、否定形部分を文末に持っていってもいい、という規則があるようで、その例文として「你去学校不去?」というような文が書かれていることがあるのです。

でも実際このような文は、聞いたことがないのです。周りの人に聞いてみたのですが、やはり、あまり言わないということでした。

言わないなら書かなければいいのに、と思うのですが、そうもいかないのでしょうか。何か意味があるのかもしれませんね。

ちなみに、瀋陽では「〜ですか?」という意味で、「〜不?」という言い方をよく聞きました。上の文も瀋陽なら「你去学校不?」というように言うのだろうと思いますが、これこそ「反復疑問文の否定形部分を文末に持っていく」例になるかもしれません。最後の「去」が省略されてしまってはいますけどね。

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