第75回 ごてごて VS すっきり

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当たり前のことですが中国語は漢字を使いますよね。
漢字は一字一字の情報量が多いので、少ない文字数で多くの情報を伝えることができます。たとえば単純に次のような例文を見ると一目瞭然ですね。

私は英語を話すことができない。

我不会说英语。
wŏ bú huì shuō yīng yŭ

日本語だと14文字かかるところを中国語だと6文字で言えてしまいます。半分以下ですよ!なんとコンパクトな言語でしょう。

ですから、中国語を日本語に訳すと分量が増え、日本語を中国語に訳すと分量が減ります。中国語を日本語に訳すと、大体1.5倍くらいになると言われています。

翻訳ならいいのですが、通訳、それも同時通訳となると大変です。日→中だと、日本語は色々な不必要な(?)助詞とかがゴテゴテとくっつくので、その間に中国語に訳してしまえばいいので時間的な余裕は結構あるのですが、中→日だと時間が全然足りません。ああ、ほんとに日本語って、なんとまどろっこしい言語なのでしょうか!(苦笑)

こういう「時間差」を埋めるために(?)面白いことが起こります。たとえば歌。日本の歌が中国語で歌われたりする場合、歌詞がほぼ同じ意味の曲なら、単なる直訳では歌詞が足りなくなるわけですね。中国語の方が短くなるのですから。

有名なテレサテンの「時の流れに身をまかせ」のさびの部分を見てみましょうか。

「♪時の流れに身をまかせ〜」

任时光匆匆流去 我只在乎你〜
rèn shí guāng cōng cōng liú qù wŏ zhĭ zài hu nĭ

翻訳

時があわただしく流れ去るのに任せあなただけを思い(直訳)

お分かりでしょうか。「ときのながれに」と歌うところまでで中国語は「任时光匆匆流去」まで歌い終わってしまうのです。

だから「みをまかせ」の部分の音符に当てる歌詞がないわけです。

どうするかというと、その部分をちょっと作文しなければならないわけです。この歌の場合「我只在乎你」(あなただけを思い)という歌詞を作っているわけです。

いつかも書きましたが、日本語は結論を言わず相手に判断を委ねる傾向にありますね。それは言語構造にも理由があるのかもしれません。だって、最後まで言いたいことを言うと日本語ってまどろっこしくて長ったらしいんですから!(笑)

この歌詞を見ていてもそう思いますね。日本語の方は「時の流れに身をまかせ」てどうするのか言わない。中国語は「あなただけを思う」ということまで言ってしまう。音符があまるから、というだけではなく、その方が中国語として自然なのかもしれません。

反対に日本語は、あまり色々言い過ぎると、うるさく感じてしまうように思います。

たとえばスピーチ。

次のような表現は中国語のスピーチでは日常茶飯事です。

贵方对我们的热情欢迎和隆重接待,使我们深为感动。

guì fāng duì wŏ men de rè qíng huān yíng hé lóng zhòng jiē dài,shĭ wŏ men shēn wéi găn dòng.
貴方の我々に対する暖かい歓迎と盛大なるおもてなしに、我々は深く感動しております。

「暖かい歓迎」と「盛大なるおもてなし」なんて、多分要するに同じことを言っていると思うのです。それを角度を変えて2回言うのですね。これが中国風。

これをそのまま日本語にすると、ちょっと、なんというか、うざいですよね(苦笑)。もちろん通訳する時は両方言った方がいいでしょうが、日本人が日本語でスピーチする時には、あまり出てこない表現だなぁと思うのです。

つまり、中国語は言語構造がスッキリしてる分、表現はゴテゴテになる、ということ。そして日本語は反対に、言語構造がゴテゴテしている分、表現はスッキリしているということ。

お時間のある方は、日本の要人と中国の要人の挨拶文を比較してみるのも面白いと思いますよ。

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