第69回 無能力化

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「原爆が落ちた」という表現は、日本語として全くおかしくありませんよね?

しかし、考えてみれば、「原爆」という核兵器が自然にどこかから落ちてくるわけではないので、「原爆が落とされた」とか「アメリカが原爆を落とした」といったような「他動詞的表現」にする方が論理的には合っている、という議論を聞いたことがあります。

でも日本語だと「落ちた」という「自動詞的表現」でも全くおかしくありません。これをもって「日本人は優しい」とか「日本人は何でもぼやかす」というような感想を持つ人もいるようですが、別にそういうわけではないですね。これはただの「言語習慣」だと思います。

他にも「皿が割れた」という人がいますね。確かに、ひとりでに割れることもあるでしょうが、たとえば家で皿を割ったとしても、「ママ!お皿が割れた〜」と報告するのではないでしょうか。「ママ!お皿割っちゃった〜」という人もいますが、「割れた」と言っても、日本語としておかしい表現ではありません。まぁこれは、自分のせいではないということを強調したい気持ちの表れかもしれませんが(笑)。

おそらく、何語でも、「お皿が割れた」型の自動詞的な表現方法と、「お皿割っちゃった」型の他動詞的な表現方法が、両方備わっているに違いないと思うのですが、言語習慣としてどちらの方が好まれるか、となると、各言語によって違うのではないかなと思います。

日本語の場合は、上でも述べたように、「お皿が割れた」型が結構聞かれますね。

では中国語はどうなのでしょうか。

盘子打碎了。
pán zi dă suì le
皿が割れた。

誰が割ったのかはっきりしたい場合は:

我把盘子打碎了。
wŏ bă pán zi dă suì le
私は皿を割った。

後者は、「把」を使っていて、誰が何をどうしたか、ということが強調される構文になっていますね(「お皿割っちゃった」型)。それに比べると前者は情景描写的という感じで、誰がやったのかはっきり示されていません(「お皿割れちゃった」型)。

どちらが好まれているのか、ちょっとまだ僕には判断がつかないのですが、ふと思い出した言葉があります。次の言葉、去年あたり非常によく聞いた言葉ですが、皆さんは覚えていますか?(本メルマガでも別の観点から取り上げたことがあります。)

载人航天飞行
zài rén háng tiān fēi xíng
有人宇宙飛行(日本語訳)

これ、中国語では「载」という動詞を使っていますが、日本語だと「有」という動詞(?)ですね。

「载」は「載せる」というような意味ですから他動詞的です。つまり「人を載せての宇宙飛行」というような意味です。「人を載せる」という表現、他動詞的ですよね?

日本語はというと「(宇宙船内に)人のいる宇宙飛行」という感じですから、自動詞的です。あたかもひとりでに人が宇宙船内に存在しているかのようですね(笑)。

それからもう1つ。次の言葉は日本語で言うと何のことでしょう。

(北)朝鲜核设施去功能化
( běi )cháo xiăn hé shè shī qù gōng néng huà

これは、最近よく話題になっていますね。北朝鮮の核施設が機能しないようにすることを指しています。日本でもよくニュース等で言われているのですが、日本語ではどう言っているかご存知でしょうか。

北朝鮮核施設無能力化

ですね。

日本語で言う「無能力化」は、中国語では「去功能化」というのですね!

日本語で「無」を使うのは、先ほどの「有人宇宙飛行」の「有」と似ていますね。つまり、積極的に機能を奪い去るとかではなく、機能が無い状態にする、というような表現の仕方です。

それに対して中国語は「去」という動詞を使っています。「去」は「行く」という意味が有名ですが、この場合は「取り去る」というような意味です。「機能が無い状態にする」というような消極的(?)な表現ではなく、積極的に「機能を失わせる」というような表現の仕方です。

こうして見てみると、中国語はどちらかというと「他動詞的表現」がお好きなのかもしれませんね。

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