第39回 のだ

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僕は昔から文法というものが好きです。なぜでしょうね。大体の人は、文法って嫌いらしいですが、僕は好きなのです。変わり者でしょうか???(笑)

英語でも中国語でも、ちょっと人生の寄り道をしていた頃に習ったサンスクリット語でもドイツ語でもフランス語でも、文法を習うのは楽しかったですねぇ。ものにはなりませんでしたけど(笑)。

さて、そんな僕ですから、実は日本語の文法のことを考えるのも結構好きです。

日本語には「『の(だ)』の文法」というのがあります。

どこで買ったの?

…北京で買ったのさ。

この文の「の」ってちょっと不思議な存在ですよね。

もうちょっと単純な例を見てみましょうか。

私は日本人なのだ。(cf. 私は日本人だ。)

「私は日本人なのだ」と「私は日本人だ」と、どう違うか分かりますか?

日本語の「の(だ)」は、聞き手が知らないであろう情報を与える時に使う言葉なのだそうです。つまり、相手が自分のことを日本人と思っていなさそうな時に一言いってみるわけですね。「なんかさ、誤解してない?俺さ、日本人なんだぜ」って。(この例では「の」が「ん」に変化してしまっていますけどね。)

中国語にもよく似た現象があります。「(是)〜〜的」です。

在哪儿买的?

zài năr măi de
どこで買ったの?

…在北京买的。
zài běi jīng măi de
北京で買ったの。

文末に「的」が着くと、文の何かを強調することになるわけです。この文でいうと、場所ですね。

単に事実として「私は北京で本を一冊買いました」というのであれば

我在北京买了一本书。
wŏ zài běi jīng măi le yì běn shū

というわけですが、「どこで?」と聞かれて「北京で」ということをはっきり言いたいのであれば「(是)在北京买的」と答えるのです。

強調するというのは、つまり「相手が『北京で』ということを知らないので、それをはっきり知らせる」ということです。「相手の知らないことを知らせる」という意味では、日本語の「の(だ)」の文法と似ていると思いませんか?

ただ、全く同じではないようで、主語と目的語が入った場合に面白いことが起こります。

「王君はいつ禁煙したの?」というのを中国語で言うと、こんなふうになります。

小王什么时候戒的烟?

xiăo wáng shén me shí hou jiè de yān

これ、書いてある通りに訳すと「王君はいつ絶った煙草?」というようになりそうですよね?

「禁煙する」は「戒烟」と言いますが、「戒」が「絶つ」というような意味の動詞で「烟」が「煙草」の意味です。つまり「戒烟」は「動詞+目的語」の構造なのです。そしてそういう「動詞+目的語」の形をしていると、「的」が動詞と目的語の間に割って入るわけです。不思議な言い方ですよねぇ。

僕のような普通の日本人だとこんなふうに言いそうです。

小王什么时候戒烟的?
xiăo wáng shén me shí hou jiè yān de

つまり、「的」を文末にするのです。これでも間違いではないようですが、「戒的烟」とするほうが中国語らしいようです。

面白いですね。こういう表現に接すると、この独特な表現を自分でも使ってみたくてたまらなくなります。たとえば「結婚」なんて、日本人はこれで1つの単語だと思っていますから、こんな言い方を聞くとビックリするでしょう?

他们是什么时候结的婚?
tā men shì shén me shí hou jié de hūn
彼らはいつ結婚したのですか?

「结的婚」というような表現を聞かされた日には、もう頭の中で花火が上がりますよね(笑)。本当に、中国語って楽しいですね。

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