第34回 三国志

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伊藤祥雄、中国語を始めるきっかけは、三国志(三国演义sān guó yăn yì)でした。

高校3年生の夏休みまでは英語学科志望だったのですが、吉川英治の『三国志』という小説を読んで、三国志に嵌ってしまったのです。そこで、急遽中国語学科に志望を変えたのでした。

今でも三国志は大好きです。最近は北方謙三が『三国志』という小説を書きましたね。今読んでいますが、これもまた面白いのです。それぞれの人物が等身大で描かれているような気がして、親しみがもてます。

ただ、いわゆる名場面と言われるような場面がなかったり、人間離れした諸葛孔明のエピソードがなかったり、ちょっとストレスも感じますが(笑)。

三国志初心者の方は、やはり吉川英治の『三国志』や横山光輝の漫画「三国志」をお勧めします。なぜなら、ああいった名場面等は、中国人も良く知っているのです。中国人と盛り上がるためには、名場面を知っていなければなりません。北方三国志では、それが出てこないので、中国人と盛り上がれません。(北方謙三さん、ごめんなさい…笑)

さて、その名場面や名言。ちょっと知っておいてもいいでしょう?というわけで、今日は三国志の言葉を集めてみました。

三国志が面白くなってくるのは、何と言っても诸葛孔明(zhū gě kŏng míng)が出てくる頃からです。名場面や名言は、三国志全体にちりばめられていますが、有名なところはやはり諸葛孔明が登場するあたりからでしょう。ということで、まずはこの言葉から。

三顾茅庐

sān gù máo lú

日本語で言うと「三顧の礼」というヤツですね。

劉備(刘备liú bèi)が諸葛孔明をどうしても自分たちの軍師にしたくて、わざわざ孔明の家まで行って頼み込みます。1回目は留守。2回目も留守(居留守という話もある)。3回目でやっと会えるのですが、孔明は昼寝中。劉備は孔明が起きるまで、庭で立って待つのです。孔明は劉備の熱心さに感動し、劉備軍につくことを決心したのでした。

この話なしに三国志は語れないほど大事な場面です。さすがの北方三国志でも出てきますが、なんと1回目から劉備は孔明に会えてしまうのですね。ちょっと物足りません(笑)。

さて、中国語の「三顾茅庐」は「動詞+目的語」(庵を三回訪ねる)といった形をしていますから、そのまま動詞的に使います。

我三顾茅庐来聘请他。

wŏ sān gù máo lú lái pìn qĭng tā
私は彼に三顧の礼をつくして招聘した。

日本語だと「三顧の礼」はやはり名詞的。その辺も日中で違うのですね。

万事俱备,只欠东风

wàn shì jù bèi, zhĭ qiàn dōng fēng

これは日本語には入っていないようです。意味は「すべての準備は整っているが、ただ東風のみが欠けている」。

「东风」というのは決定的な要因のたとえです。ふつうの会話で使う場合は、「すべての準備は整っているが、最も重要なものが1つだけ欠けている」という意味を表す成語です。

三国志の中で最も有名な戦は、赤壁の戦いです。これは曹操(曹操cáo cāo)と孫権(孙权sūn quán)劉備連合軍との戦いです。曹操が川を挟んで北西側に陣取り、孫権劉備連合軍は南東側に陣取っています。(すごく大雑把に説明していますので、詳しくは三国志を読んで下さいね…笑)

季節は早春。この季節、この辺りでは北西の風が吹くそうです。ということは、孫権側から見ると向かい風。大軍の曹操軍を打ち破るには火攻めしかないのに、向かい風では火攻めをすると自軍を焼いてしまいます。

そこで、孔明が天に祈り、風向きを変えようとします。その間孫権軍は、いつでも火攻めできるように準備を整えています。

「万事俱备,只欠东风」という状態になった時、突然風が東南から吹いてくるようになったのです!そこで孫権劉備連合軍は大勝利を収めることができました。

この成語は、これだけで独立して使うような感じです。例えば:

可以说,现在是“万事俱备,只欠东风”。
kě yĭ shuō, xiàn zài shì “wàn shì jù bèi, zhĭ qiàn dōng fēng”
今の状態は「万事整っているが、ただ東風のみ欠いている」であると言える。

望梅止渴

wàng méi zhĭ kě
辞書を見ると「梅を望んで渇きをいやす。空想で自分を慰めるたとえ」と書いてあります。

これは曹操のエピソードです。曹操軍が大変な猛暑の中で行軍をしていた時、兵士たちの行軍のスピードが落ちたので「この先に梅林があるから、そこまで行ったらいくらでも梅を食ってのどの渇きを癒せ」と言ったのです。すると兵士たちは、梅のすっぱい味を思い出して口を唾で満たし、お陰で渇きを解消。行軍のスピードも落ちなかったということです。(もちろん梅林があるというのは、大嘘でした…笑)

僕なら、梅林があるなどと騙されていたことが分かると、もうその時点で曹操を切り殺してしまいそうですが、人間ってそんなに頑張れるものなのでしょうかね。

白眉

bái méi

日本語でも「これは歴史小説の中の白眉だ」というふうに使いますからお分かりでしょう。「最もすぐれたもの」という意味ですね。しかし、漢字の意味だけ考えると「白い眉毛」という意味にしかなりません。どうして「最もすぐれたもの」という意味になったかというと、これも三国志の故事から来ているのです。

三国時代、蜀の国の「马」という家に5人の優秀な兄弟がいたそうです。(その内の「马谡mă sù」は「泣いて馬謖を斬る(挥泪斩马谡huī lèi zhăn mă sù)」の故事で有名ですね。)この5人兄弟のうち、長男の「马良mă liáng」というのが最も優秀だったと言われているのですが、この马良は若い頃からなぜか眉毛が白かったと伝えられています。

この5人は字(あざな)に「常」という字がついていたので、5人兄弟を「五常」と言いますが、「馬氏の五常、白眉最も良し(马氏五常,白眉最良mă shì wŭ cháng, bái méizuì liáng)」と言われていたといいます。それが「白眉」の語源です。

中国語ではあまり言われなくなっているようですが、もし使うならば日本語と同じように使います。すなわち:

它是历史小说中的白眉。

tā shì lì shĭ xiăo shuō zhōng de bái méi
それは歴史小説の中の白眉だ。

三国志は慣用句や成語の宝庫です。中には「白眉」のように日本にまで伝わって現在も普通に使われている言葉があるのですから、すごい影響力ですね。

三国志について語りだすと止まりません(笑)。今日はこれくらいにしておきます。

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